ゆるゆる子育てライフ

楽しく生きるをモットーに、今年は自分と向き合いたい。2児の母です。

悲しすぎる

月末に約束があって、すごく楽しみにしてたのに、

今日大丈夫?って聞いたら、予定が入ったって。

 

仕事の予定だししょうがないのかもしれないけど、

なんで一ヶ月前に約束したのに予定入れるの?

悲しいし、悔しい。

 

私なんかいらないんだ。

いなくてもいいならいなくなりたい。

 

重要視されてないならもう会わない、って言いたいけど切り出せない。

うん、って言われるのが怖い。

悲しい。

 

誰も自分を必要としてくれない。

わたしなんかいらない。

 

 

20分で読めて、境界性パーソナリティ障害がわかる本

 

治療法を示すというよりは、

今の自分を整理してくれる本です。

 

自分は境界性パーソナリティ障害だと思うけど、

とにかくいまは自分で自分をコントロールできない。

感情の揺れ方が把握できない。

ただ、明らかに自分の気持ちの変化に振り回されて疲れている。

周りにも迷惑をかけている。

自分がわからない。

そんな状態の人にはオススメできる本だと思います。

 

いつも、気持ちが大きく揺れ動く出来事があったときに出てくる感情のパターンは分かっています。

カッとなって怒りが収まらなくなったり、

何も手につかない虚無感に襲われたり、

さびしくてだれかにすがってしまったり。

 

だけど、それらは断片的なもので、全体像がわからない。

だから、沢山の負の感情が自分の周りを渦巻いているような気持ちになって、それはすごく大きな不安になり得ます。

わたしは漠然と、「自分はダメな性格なんだ、ダメなところが沢山あるんだ」という認識でいました。

 

でも、この本では、

境界性パーソナリティ障害の人には「見捨てられ不安」が根底にあると定義した上で、

起こりうる感情をちゃんと整理してくれています。

 

わたしは完璧主義なところがあります。

境界性パーソナリティ障害の気質がある方は同じように完璧主義の方が多いと思うのですが、

全容を把握できていない状況が不安。

そう思う方は多いのではないでしょうか。

 

それは、境界性パーソナリティ障害でも同じだと思います。

どうしてこんなに嫌な気持ちになるんだろう。

どうしてこんな態度を取ってしまうんだろう。

自分はどうしてこうなの?

なぜ怒ってしまうの?

なぜ動けないの?

なぜこんなにさびしくなるの?

なんで?なんで?

わかっているのに、止められない。

酷いことをした気がするけど覚えていない。

精神的なものだから、掴み所がない。

自分のことがわからない。

自分の気持ちがコロコロ変わってついていけない。

 

そんな、自分の周りを朝から晩まで彷徨っているモヤモヤとしたものたちをわたしは整理できていませんでした。

「整理する」という概念が、このモヤモヤしたものに通用すると思っていなかった、と言う方が正しいかもしれません。

漠然とした感情の起伏が自分をまとっているのはわかるけど、全体像が掴めない。

全体像が掴めていないこと自体が不安。

でも、感情なんて日々変わるから、整理することはおろか、治療計画なんて立てるのは不可能だし、立てたところでなんの意味もないんじゃないか。

わたしはずっと、そう思っていました。

 

でも、この本を読んでの新たな気付きのひとつは、

「感情は整理することができる」ということ。

なぜなら、境界性パーソナリティ障害の人の感情の変化にはちゃんとパターンがあるから。

わたしは残念ながら、この本に書いてある特徴のほとんどに当てはまっていましたが、驚くことに不足がありませんでした。

わたしの悩んできた感情・行動の全部が、この一冊に明文化されていました。

 

そして、もうひとつは、

この病気を手当たり次第治していくことは難しく、一歩進んで二歩下がる、状態を繰り返すことになる。
「ちゃんと治療計画を立てて、今するべきアクションをとることで、完治させることができる」
それが、二つ目の気付きです。

目に見えない精神的なものだからこそ、

起こりうる感情や物事を整理・分類した上で、

先の見通しを立てることができる、そして治療計画を立てて遂行する必要がある、ということです。

 

気持ちの変化が起こった時に書き出してみるといいよ。

過去の思い出を洗い出してみよう。

 

よく言われますし、

ネットで調べたらほとんどのサイトに書かれている印象です。

 

でも、それを単発的にやっても全く意味がない。

とにかく病気の「全体像」を把握することが重要なのだと思います。

 

でも、当事者が全体像を把握しながら、都度都度起こる感情と向き合っていくのは大変です。

そのために、医師やカウンセラーがいるべきなのだ、と、医療機関が必要な理由もわかりました。

 

言ってしまえば、ただの情報の羅列なのに、

泣きじゃくりながら読みました。

同時に、こんなの嫌だ、変わりたい、と強く思いました。

 

 

境界性パーソナリティ障害は治せる!  正しい理解と治療法 (心のお医者さんに聞いてみよう)

境界性パーソナリティ障害は治せる! 正しい理解と治療法 (心のお医者さんに聞いてみよう)

 

 



 

 

ある心療内科にコンタクトを取ってみた

職場から近くて通いやすく

ひとりひとりに合わせた診療をしてくれるところを探しました。

 

わたしが連絡を取った病院は、

初診の場合、症状と原因を書く欄があり、それらを書き込んで初診の予約をする方式を取っていました。

 

向こう的にはふるい分けなのかもしれないけど

全ての患者を受け入れてしまったら、各々の細かい部分に目が届きにくいだろうし、

できる範囲を決めて、選択と集中で診察をしているということで、信頼できる気がしました。

 

以下、送った通りにコピペします。

直接的な表現が多いですが、ご了承下さい。

 

 

症状

下記の症状があり、家族関係、人間関係が不安定で、夫から医療機関へかかるようにすすめられました。

以前、心療内科にかかったことがありますが、「結局先生は他人だから」と思いはじめたら急に話せなくなってしまい、発言の端々に敵対意識を感じてしまう事も多く、治療を続けられませんでした。


●孤独感が強く、既婚子持ちなのに不特定多数の男性と関係を持ってしまう。今すぐにでもやめたいのに、誰にも見てもらえなくなる、ひとりぼっちになるという不安があり、やめられない。

●好きでもない人に、試し行動のようなことをしてしまい、冷たくされると自暴自棄になり、物に当たったり、憂鬱で動けなくなったりする。

●自分に自信が無く、外に出ることが恥ずかしく、常に周りの目線が気になってしまう。

●腹立たしいことがあると、すぐに態度に出し、外でも物に当たったり、大声で罵倒したりしてしまう。

●自分の体型や容姿に異様な執着があり、過食と極端な食事制限を繰り返している。

●平日の仕事はそつなくこなせるが、休日になるとその反動でまったく動けなくなることが多くある。

●常に眠気と倦怠感があり、身体が重い。
最低限の行動もしたくないと思う時がある。

●感情の起伏が激しく、怒りの感情が強いときはものを壊したり、暴力、暴言を吐いてしまう。人を殺したいと思ったり、自分が死にたいと衝動的に極端な考え方になることがある。

●人を疑いやすく、嫌われている、馬鹿にされているという被害妄想が激しく、急に避けるような行動をとったり、敵対心を露わにしたりしてしまうため、人間関係が不安定。

 

原因

小学校に入学した頃くらいから、極度な不安症で、時計を何個も周りにおいて時間を確認してからでないと家を出られなかったり、不安を紛らわすために指の皮をむいて手が血だらけになっていたりすることがありました。
その頃から、友達に見栄を張るような嘘をついたり、みんなが好きなものをわざと罵倒したりしてしまい、その罪悪感から、嫌われてると思い込んでいました。

 

両親からの暴力などは一切なく、逆に、なんでも許してくれる親でした。
何をしても怒られることがありませんでした。
何をしても両親が味方でいてくれて、守ってくれることに安心感を感じていると同時に、少しの違和感もありました。

 

小学校高学年頃から、自分の親はおかしい、恥ずかしい、という気持ちが強くなり、中学、高校の反抗期の時期は、家の窓に石を投げて割ったり、親兄弟に暴力を振るったりする一方で、彼氏に依存しがちで、気を引くために自殺未遂をしたり、家に帰らなかったりする時期がありました。

 

20歳前後の時期は、周りの目線を極端に気にするようになり、食事制限と過食を繰り返し、太っているから恥ずかしい、と引きこもりがちになっていました。

 

幼い頃から何かしらの症状があるので、原因は家庭環境なのだと思います。
自分で思い当たることは下記の通りです。

 

●母親が隣に住んでいる義母と不仲で、喧嘩ばかりしており、ヒステリーに叫んでいる場面をよく見ていた。

●母親が子供(自分や兄弟)に対して、上記のような態度をとることがなく、違和感を感じていた。

父親は母親の言いなりだったが、母のいないところで母の文句を言っているのをよく聞いていた。

●両親は、明らかに自分の子供に問題があることでも、子供のことを悪いと言わず、怒られたことがなかった。

●わたしが暴れたり、暴言を吐いても、止めようとはしたが、やり返されたことがなかった。

●それを、相手してもらえてない、と感じる瞬間が多くあった。

●親以外に、頼れる親族や友人ができたことがなかった。

 

 

10:00に予約をし、13:00にはレスポンスがありました。

 

〇〇様

〇〇クリニック 院長の〇〇と申します。
お問い合わせ頂きまして、ありがとうございました。

ご事情了解致しました。

実は、このような事柄は、精神科医の領域(医学)ではなくて、臨床心理士によるカウンセリングの領域です。
以下の所をご紹介いたします。
私とも長年提携していますので、信頼できるかたです。
まずは、とりあえず相談なさってみてください。
〇〇(院長)の名前を出していただくとスムーズかもしれません。

「〇〇」というところです。
検索するときは、「〇〇」だと検索しづらいようですので、「〇〇 〇〇」で検索してみて下さい。
[URL]

どうぞよろしくお願いいたします。

 

いつもなら、見捨てられた、と思うのだけど、

今回は素直に受け入れられました。

 

というのも、

心療内科は行ったことがあったけど、「病院」だから薬を出されます。

でも、自分は薬で治ると思っていない。

 

わたしは、ただ、話を聞いて欲しくて

どうしたら自分が変われるのかを教えて欲しい。

 

だから、はっきりと、あなたの場合は医学ではなくカウンセリングの領域です、と道を指し示してくれたことがありがたいな、と思いました。

 

ただ、カウンセリングは自費なので高いイメージがあります。

まずは、費用感を聞いてみようと思います。

 

 

 

彼女にしたら破滅する…?「ボーダー」である自分を認めること

 巷でよくいわれています。

「彼女にしたら破滅の道をたどる」とか、「絶対に結婚してはいけない」とか。

 

境界性人格障害、いわゆる「ボーダー」と呼ばれる精神の病のことです。

 

 

最近、落ち込んだり不安になったり、怒りが爆発して止まらなくなったり、

不安定で、いまにも崩れるんじゃないかという精神状態に陥る時間が長くありました。

 

今回は幸い、夫との仲が悪くなかったのが救いでした。

 

遊び友達との関係と、仕事の事をメインに、

すごくストレスを感じていて、

 昨日耐えられずに夫に話しました。

 

こんな時、心を開ける人が夫以外に皆無であることも、

私の不安要素の一つなのですが、

ここでは一旦置いておきます。

 

先のブログ記事で書いたことを話しました。

koara20150323.hatenadiary.jp

 

夫は、基本的には穏やかで、冷静で、自分に自信がある人です。

自分に自信があることは、その人の強みだと思います。

 

そして、私の事は、あほだな、と思っている部分もあるけれど、

一部では尊敬してくれている部分があると感じます。

 

いつもは変な顔だ、おもしろい顔だと言われるけれど、

たぶん好きでいてくれているのもわかります。

 

性格についても、7年以上一緒に住んでいることもあり、

理解してくれています。

 

ついていけない、おかしいと言われることもあるけど、

たぶんそれ故に見捨てたり、敵対心を持ったりするタイプでもありません。

 

 私は、何度も、夫のこのような性格に助けられています。

そして昨日も。

 

一通り、不安なことを話しました。

会社の中で、誰かの心の中で、「いらない」認定されるのが怖いこと。

不安で、余計な行動をとってしまいそうになること。

 

自分に自信がなくて、周りの人がすごく幸せに見えて、

豪華絢爛な中世ヨーロッパの宮殿のなかで、

ひとりだけぼろ布を巻いて立っている感覚に陥る。

 

ひとりで子供を連れて休日に出かけるとその感覚になることが多く、

突然帰ると言い出し、電車の中にもかかわらず、涙があふれて止まらなくなることがある。

 

今までは、外で怒りの感情を出すのを我慢できていたのに、

最近は子供を乗せて自転車を漕ぎながら死ね死ね死ねー!!!と叫んでしまったりする。

イラッとする発言をされると、あからさまに睨んだり、反抗したり、

殺してやりたいと思う瞬間すらある。

 

夜寝る前になると、すべての人に見捨てられる不安が強くなり、

彼氏でもない人に試し行動のような連絡をしてしまったりして

朝になると後悔と恥ずかしさで消えたくなる。

もちろんその人との関係は終わる。

 

自分が知らない他人のプライベートな情報を、自分じゃない人が持っているのを知ると、

強烈な劣等感を感じて、その人に敵対心を抱くようになる。

 

 夫は笑いながら聞いていて

俺はそんなことないなーと言っていましたが、

 

「これピッタリだね。てか、これだよ。」

 と言って見せられた携帯画面にあったのが、

境界性人格障害」でした。

 

私も過去に、本当に苦しくて、何か糸口を見つけたかった時に

同じ検索結果にたどり着いたことがあり、

特徴や症状のすべてに当てはまることに驚いた記憶がありました。

 

でも、とにかく「精神的な病気」を受け入れられない私は、

見て見ぬふりをしていました。

 

自分をこの病気に当てはめたところで、結局治るものじゃない。

精神の病気は性格の問題だし、知らない人に判断されるべきものでもない。

 

私は、自分の性格に人生の大半を翻弄されてきました。

それでも、この考えは変わりません。

 

カウンセリング、精神科、心療内科

その類のものに嫌悪感を抱いています。

 

そして、仕事に行かず、子供を手放し、

それらの機関に頼り切って生きていく選択をする人間とも相容れないと思っています。

 

極端な言い方をしていますが、本当の気持ちです。

 

それでも、そんなに嫌っているのに、頼りたくなる瞬間がたびたび訪れます。

自分を構成しているものがバラバラに崩壊する寸前であると感じる今の状況。

自分でそれを止めることができそうにない。

誰かに「止めて」と頼めない今の状況。

 

やっぱり、家族には負担をかけたくないのです。

同時に、家族にはきっとわからない。

一から自分の状況を説明して、こうするといいのかもしれないという選択肢を探し、試し、

そんな自分を変える作業に協力を求めることはできないし、

それが原因で家族関係が不安定になることが恐ろしい。

 

その時に「他人である」ということは、メンタル系医療機関にかかる唯一のメリットになります。

 

でも、メンタル系医療機関にかかることの難しさはそこだと思っていて、

他人だから無理が言えて、将来の関係性を考慮する必要がないというメリットがある反面、

 

信頼ができない、本心を話せない、めんどくさがられるかもしれないと発言に気を遣ってしまう、というデメリットがあります。

 

だから、そういう医療機関に自分の人生を預けている人って、

すごく素直で、疑いがない。

そう考えると、この病気ではないんじゃないの?

と思ってしまうのです。

 

自分でいうのも何ですが、

本当に救うべきは、私のようにひねくれていて、

すべてを疑っていて、誰にも助けを求められなくて、

ひとりで苦しんでいる人なんじゃないかな、と思うのです。

 

仮に、境界性人格障害だったとしても、

病院に行っても治るわけないから自分で治す。

 

そう思っていました。

 

このブログもその一環ですが、

気持ちを書き出してみるとか、過去の記憶を書き起こして整理してみるとか、

自分でいろんなことを試してきました。

 

心理学や心の作り、脳科学など、

「どうしたら人間の性格を変えられるのか」をテーマに、

たくさんの本を読み、調べ、勉強しました。

心療内科の受診を試みた時期もありました。

 

それでも、何も改善されず、波はあり、

諦めたり復活したりを繰り返してきました。

 

夫にそのこと話すと、

本読んで治るわけないじゃん。

 

薬で何かを制御したりできるんだろうから、病院行ってきなよ

と言われました。

 

不思議なもので、夫がいうなら、とすんなり病院を探し始める自分がいました。

淡い期待を持って、また医療機関に頼ることになりそうです。

 

世間的に危険認定されている存在であることを認めるのは嫌です。

絶対に人には言えません。

親にも言えません。

 

理解してくれる人にしか話しません。

私の場合は夫だけです。

 

「認めてないから治んないんだよ」

「いうこと聞いて、ちゃんと治療したら良くなると思うよ」

 

そんな言葉に背中を押されました。

 

不安です。恥ずかしいです。

子供の情緒を育ててあげなければいけない時期に、

親である自分が自分の性格を改善しないといけなくなっている状況が

腹立たしく、情けないです。

 

だけど、私はただ幸せになりたくて、

楽しいことを心から楽しめて、好きなことを好きなようにできて、

小さなことは気にせず、人のことも気にせず、おおらかな心でいたいだけなのです。

 

こうなってほしいと思う子供の将来像は、

自分がこうなりたいという人間像と同じです。

 

ただ、普通になりたいだけ。

がんばれば、誰か助けてくれるのかな。

 

境界性人格障害の特徴

■自己イメージの混乱

自己イメージ=自己同一性(アイデンティティ)とは、自分・他人から見ても一貫している自己を持っていることをいう。自己イメージが安定していると、自分が社会にとって意味があると感じられ、過剰に不安になることや人に流されることが減る。

 境界性人格障害の人は「自分がどんな人か分からない…」というように、自己イメージが混乱しているため、自分に対する一面的な評価を、全人格に対する評価として過剰に受け取ってしまうことが多く、全人格を否定された感覚に陥ることが多くある。

同じ人からの評価でも、褒められたときはその人のことを好意的に思い、問題などを指摘されたときは激しい怒りを感じ敵意を示す。

このような対人関係を続けることで過度なストレスを感じるようになり、混乱状態が慢性化し、さらに自分を見失うという悪循環に陥る。

 

■見捨てられ不安
 境界性人格障害の根底には常に、自分が見捨てられてしまうのではないかという「見捨てられ不安」がある。

幼い頃に両親の離婚などによって家族や愛着のある場所などから離れた経験があったり、虐待などによって愛情を失う体験をしたことが背景になっている場合もある。

見捨てられるのではないかという不安から、信頼できる相手に対して極端に疑うことも多い。

例えば、メールを送ってもすぐに返信がなかったり、自分が期待している反応が返ってこなかったりすると、「嫌われたのではないか?」「見放されたのではないか?」と強い恐怖を感じ、相手から離れまいとしがみつこうとする。
相手の興味を自分に引きつけるために、ギャンブルや過食、過量の飲酒・服薬、セックス依存、自傷行為や自殺をほのめかす行動をする。

 

■感情のコントロールができない

自己イメージの混乱や見捨てられ不安を常に感じていることから、感情の波が激しく変動し、自分でコントロールすることができなくなる。
激しい怒りやひどい落ち込み、空虚感を感じ、それを解消しようと暴力や暴言を吐いたり、自傷行為や自殺未遂、過度の飲酒・薬物依存、過食などに走りやすくなる。

境界性人格障害の症状として、衝動的な恋愛や上記のように自分をいじめる行動をくり返すことがあるが、そういった行動の背景には、そうしないではいられないほどの不安が隠れている。

 

■善か悪か、両極端な考え方

境界性人格障害の人は、良い人・悪い人といった両極端な考え方しかできないことが多い。絶賛していたかと思うと、手のひらを返したように相手を攻撃するなど、態度が豹変することがあるため、人間関係が不安定。

他人を、味方か敵かという視点で分類し、味方に分類した相手に対しては、好意的・誘惑的に接近して依存的な態度を取りやすく、敵と分類した相手に対しては、攻撃的・拒絶的な態度を取って怒りの感情を露わにする。

また、自分の置かれている状況についても、幸福か不幸かのどちらかに偏って認知する傾向があるため、自分の生活状況や対人関係に満足しているときは、現実適応能力が高くなるが、自分を不幸な存在として認知し始めると、気分の落ち込みや自暴自棄な衝動性が激しくなり、社会生活・対人関係への適応が難しくなる。

 
■他罰傾向と自罰傾向

自分の失敗や不幸、怒りの原因を、他者に転嫁する傾向が見られる(他罰傾向)。

反対に、自分の失敗や不幸、怒りの原因を、すべて自分自身に求めて自分を責め過ぎたり、自己否定的になることもある(自罰傾向)。

他罰傾向が強く見られる時には、自分の発言や行動が他人に与える影響を推測することができなくなり、相手を攻撃し傷つけることが多い。

自罰傾向が強く見られるときは、自傷行為や自暴自棄的な行動を取りやすい。


■客観的視点の欠如

客観的事実に基づいて、他社や状況を認知することが苦手であり、主観的感情に基づいて物事を判断することが多いので、思い込み・決め付け・事実誤認などの問題が起こりやすい。客観的な視点で見ることができないので、相手は自分を否定している・相手の態度は自分を嫌っている証拠だ、というような思い込みに陥ることが多い。

 

参考資料

境界性パーソナリティ障害 - Wikipedia

境界性パーソナリティ障害とは?不安・衝動的になる原因・診断基準・治療・周りの人の対処法を紹介 | LITALICO(りたりこ)発達ナビ

境界性人格障害の“認知・感情・行動”のパターン

境界性人格障害(境界性パーソナリティ障害) | いちメンタルクリニックは大阪市中央区にある心療内科・精神科です。

【対策】境界性人格障害を知ろう【まとめ】 - NAVER まとめ

 

 

 

 

 

 

代わりがきかない唯一無二の存在

代わりが効かない唯一無二の存在。

 

仕事を選ぶ時も、恋愛でも、

わたしはそれを求めていました。

 

自分が急にいなくなっても、誰も困らない。

すぐに代われる人がいる。

その寂しさが、わたしにとってはすごく大きいのです。

 

例えば5人のプロジェクトを始めるとして

「A、Bのスキルがある人」

という応募条件には当てはまることがあるかもしれない。

それで、数人の中から選ばれることもあるかもしれない。

 

でも一方では、「ここは〇〇さん」と選ばれる人もいるのです。

 

わたしがなりたいのはこっち。

だけど、そっちになるには持っているものが少なすぎる。

スキルが足りない。

 

だから、全部身につけなきゃいけない。

勉強が足りない。

語学が足りない。

人から好かれる性格にならなきゃいけない。

 

 

恋愛ではさらに顕著です。

「月一くらい会えて、束縛しない20代の女の子」

 

その枠には当てはまるけど、この広いくくりに該当する子は有り余るほどいる。

 

私はその中の一人で、

もし、自分より全然可愛い子が同じ条件でいたら、その子が選ばれる。

 

だから、誰よりも可愛くならなきゃいけない。

誰からも認められる美人になりたい。

 

そのためには整形しないといけないし、

もっと痩せないといけない。

 

でも、自分のボーダーラインである「可愛い」を達成することは、実際には無理なのです。

元の容姿も問題だけど、

私は自分と真逆の顔を可愛いと思うから。

真逆の顔には、なれません。

 

だから、わたしはいつまでもブスでデブで

誰からも選ばれないただ都合よく利用される存在なのだと思い込んでしまっています。

 

求めているものが手に入らない。

でも、求めることをやめられない。

 

大勢の中にいるわたしじゃなくて、

 わたしだけを見て欲しい。

 

この考え方をしてしまうので、

常に苦しいです。

 

理想と現実の乖離。

常に足りないものがある感覚。

満たされない。

劣等感。

 

 

 

 

 

 

 

一日何もできないまま終わった

さっきから、涙が止まらない。

 

ただの人恋しさじゃなくて

 

もっともっと深い寂しさ。

 

家族はいるのに、何も感じない。

 

子供が目の前にいても、何も思わない。

 

体がすごく重いのに

 

フワフワと浮いてるような気分。

 

寂しいからって

 

話したい人も、会いたい人もいない。

 

ただ、暗いところに、ひとりでいる。

 

誰からも見られない。

 

誰も気付かない。

 

深くて、暗いところで、

 

自分が、座って泣いてる。

 

その映像が何時間も目の前にあるだけ。

 

気が付けば、日付が変わっていた。

 

旦那が帰ってきたから、子供を寝かした。

 

なんとか一食だけ作った。

 

朝は旦那が子供にご飯を作ってくれた。

 

それ以外、ずっと、座ってるか寝てるかの一日だった。

 

部屋がゴミ屋敷のようだけど、

 

全く頭が働かない。

 

何をすればいいか考えられない。

 

いつも週末こうなる。

 

だんだんひどくなる気がする。

 

限界が来る前に、なんとかしなきゃ。

 

どうしたらいいの?

 

誰か助けてほしい。

 

気持ちがわかってしまうような

座間市の連続殺人。

 

もちろんおかしいと思うけど、

犯人と被害者、両方の気持ちがわかってしまう気がする。

 

 

自分に対する劣等感とか、

それを覆したい気持ち。

周囲を見返したい気持ち。

自分の強さを誇示したい気持ち。

自分の存在を見て欲しい気持ち。

 

 

いなくなりたい。

でも、死ぬのは怖い。

ひとりでいたくない。

誰かに近くにいてほしい。

誰でもいいから優しくしてほしい。

自分を必要としてほしい。

 

とか。

 

でも、変な方向に気持ちが向かってしまうのは、怖いことですね。