ゆるゆる子育てライフ

楽しく生きるをモットーに、今年は自分と向き合いたい。2児の母です。

もう落ちる。

止まらない兄弟喧嘩。

いつも上が喧嘩を吹っかける。

 

風邪を引いていて身体中が痛い。微熱。声が出ない。寒気がする。もう寝たい。

 

でも、子供の髪を乾かして、歯磨きに着替えに、明日の保育園の用意。溜まった皿洗いに山のような洗濯物。埋もれたソファー。テーブルの下の食べこぼし。

永遠にやることがある。

 

話が逸れるけど、独身の女、子ナシの女で、時短ママ社員はいいよね、って言う奴いるみたいだけど、てめえがやってみろよ、って本気で思う。

仕事の前後が子供と家事でフルにスケジュールが詰まってる毎日をおまえがやってみろよ。

ムカつく。

 

いつも上の子は、下の子のやる事なす事に口を出し手を出し、思い通りにいかないと叩く。

なるべく放っておくけど、今日はもうキャパオーバーだった。

暴言を吐きまくった。

おまえはいらない。

他の親探せ。

性格が悪い。

頭が悪い。

何度言ってもわからない。

反省しない。

嫌い。

死ねばいい。

 

同居の弟が、それは酷すぎる。

そういうことは言っちゃだめだと言ってきた。

 

お前みたいな、実家に甘えてのうのうと生きてる奴に言われたくない。

いつまでたっても自立できない。

人に感謝もない。

恩返しすることも考えられない。

嫌だったらすぐ逃げればいいと思ってる。

そんな奴に言われたくない。

 

何かわからないものへの抵抗。

子供は大好きだし、弟は味方だ。

家族なのに、攻撃してしまう。

 

だめなのは、死んだほうがいいのは自分だ。

だから人に嫌われる。

友達もいない。

みんな離れていく。

全ての人に嫌われる。

最低だ。

生きてる価値のない人間だ。

反省しないのはお前だ。

同じことを繰り返してるのはお前だ。

こんな奴死ねばいい、ほんとうに。

みんな敵だ。

みんなわたしのことが嫌いなんだ。

 

壊れる。

 

 

 

 

 

 

 

目に入るものすべてが敵に見える一日

昨日の夜寝られず、案の定寝坊。

そのせいで、9時からの職場の勉強会に遅刻。

遅れて参加しようと思ったけれど、人が多くて部屋に入りきらなさそうだったから諦めた。

しかも今日最終回。

自分が遅刻しただけなのに、勝手に疎外感を感じる。

 

その後も、いつも話す人にスルーされた気がするとか、些細なことでイライラ。

だんだんと、目に入る全ての人が敵に見えてくる。

 

イライラの感情を抑えようとする自分がいるのはわかるんだけど、抑えきれない。

誰とも喋りたくない、目を合わせたくない。

ひとりになりたい。

誰もわたしの視界に入ってくるな。

そんな気持ち。

 

結局中立派の自分は負けて、怒りと悲しみが混ざったような複雑な気持ちのまま急いで帰宅した。

 

子供の保育園の先生にもイライラする。

日々、挨拶しても返事がない先生が多いことなどで、全ての信頼が失せている。

普段ほとんど怒られない子供が、珍しく先生に怒られた、と話していたので理由を聞くと、友達におもちゃを渡そうとした時に別の子とぶつかってしまったらしい。

走ってたの?と聞くと、走ってない。

わざとやったんじゃない?と聞くと、わざとやってないという。

先生に、わざとじゃない、って言った?と言うと、「わざとぶつかってない」って言ったのに先生に「わざとやったんでしょ」って言われたらしい。

 

別に、我が子を擁護しようとしてるんじゃない。

状況は見てないからわからないけど、もし子供の話が本当だったら、なぜわざとやったって決めつけるんだろう、と思う。

これが、姉の通ってる保育園の話だったら、そういうこともあるよ、って言える。

園自体に信頼感を持っているから。

でも、下の子の園には信頼がないから、悪い方に疑ってしまう。

イライラする。

 

 

 

 

 

 

 

大事なこと

私は子供のことが好きだ。

 

些細な子供のいたずらも、本当だったら許せる。

いくら部屋がぐちゃぐちゃになっていたって、子供らしくていいと思える。

わがままを言うのも、癇癪を起こして泣くのも、可愛いと思う。

子供と離れている時間があるから、そう思える。

 

広告で出る虐待の漫画が死ぬほど嫌い。

一日引きずるくらい悲しい気持ちになる。

 

子供を育てるには、親に余裕がないといけない。

お金がないといけない。

金銭的な余裕がないのに子供を産むから負担になる。

精神的な余裕がないのに子供を産むから育てるのが苦しくなる。

子供を育てる余裕のない親の元に生まれて来てしまった子供のことを考えると悲しくなる。

 

いま私は働いていて、金銭的にすごく苦しいわけじゃない。

だから、子供と離れることが必要だと思ったら、お金を出してその制度を使える。

 

子供二人を毎週日曜日に一日預けて、一ヶ月で15,000円くらいかかる。

お昼はお弁当を持たせ、夕食は出してくれる。

 

子供がいない時間に何かしたいことがあるわけじゃないけど、月曜〜土曜までフル稼動だから、一日休まないと壊れると思った。

子供が好きだからこその選択だと思ってる。

自分じゃどうしようもできなくなる前に、周りに助けてもらうしかない。

子供達を育ててくれるのは、私と旦那だけじゃない。

祖父母や、自治体にも育ててもらわないといけない。

私ひとりでちゃんと育てる自信はないから。

 

そのために、親である自分に唯一できることは、助けを求めること。

できない、ってちゃんと言うこと。

ひとりでできると思っているから苦しい。

子育てはひとりではできないと思う。

 

子供のことを最優先に考えるからこそ、

親であるプライドも、自分としてのプライドも、全部捨てられる。

 

わたしは、ひとりじゃ子供を育てられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目立ちたがり屋の引っ込み思案

こういうことを書くのは、すごく恥ずかしくてすごく嫌な作業なのですが、結構根が深い部分だと思うので書き残しておこうと思います。

 

小学校中学年くらいから、人並みに目立ちたいという気持ちが起こるようになりました。

それまでは、クラス内でのヒエラルキー、飛んで、社会的地位などの認識がなかったのが、徐々に「自分は社会の中のひとりである」という意味がわかってきたという感じです。

いますべき立ち回り、友達を笑わせる発言、そんなことに意識が向くようになりました。

 

わたしのコミュニケーション能力の欠如は、幼稚園を途中入園していることに始まるのですが、人とのコミュニケーションの方法がよくわからなかった私にとって、「目立ちたい」気持ちを満たすのは非常に難しいことでした。

 

とにかく恥ずかしさが先行するし、こう言えば正解、こう言えばみんなが笑ってくれる、という部分のセンスがなかったのだと思います。

 

ただ、テストの成績だけは良かったので、満点を取った人、という時に名前を呼ばれたり、「お友達先生」という、生徒が生徒に教える制度では、教える側になることが多かったりして、そういうことから学級委員に推薦されたり、唯一目立てる場所といったら勉強の部分だけでした。

 

でも、その勉強に関する自信は、高校で進学校に入ったことで打ち砕かれました。

勉強が得意な子たちの中で、わたしは勉強ができないほうなんだ、ということに気づいた時、自分が大切に築いてきた城が崩れていくような絶望を感じました。

 

また、小中学生の頃はスポーツが得意な子がもてはやされる印象があったので、高校で運動部に入ってみたけれど、みんなができる中まったくついていけず。

しかも、中学までの「スポーツできれば人気者」っていう概念もほぼなくなっていて、勉強とともにその部分で自分が折れたのも高校に入ってすぐのことでした。

 

見た目に関しても同じで、中学までは共学だったこともあり、誰かしらと好き好かれる関係がある状態だったのが、高校で女子校に行ってしまったので、学校内で容姿を認められる機会も皆無になりました。

 

こう振り返ると、ターニングポイントは高校入学にあるようです。

この頃から、組織から外れて外で承認欲求を満たそうとする行動を取るようになりました。

そして、それを正当化するために、普通に学校に通って、部活をして、友達と遊んでいる同級生たちを見下すようになりました。

 

人と比較して自分の方が優れている点を探すようになりました。明らかに勝てない人がいる時、それは嫉妬を超えて嫌悪感に変わりました。

 

幼い頃は、ただ単純に、人気者の子が羨ましいという気持ちだったと思います。自分も人気者になりたい、目立ちたい、というような。

 

それが思春期になると、「認められたい」に変化していきました。

根底には変わらず目立ちたい気持ちがあったはずなのだけど、自分にはそれができない。

その事実から逃れるために、認められるためには、別に目立たなくてもいいんじゃないか?

そう思考を変えて自分を救うようになりました。

 

認められる、の定義も人それぞれですが、恋愛ではこっちが近づけば相手してもらえて簡単に認められてる感覚を得られたので、恋愛に依存することが多かったのだと思います。

 

環境の選択を間違えたのか、今までの自己認識が間違っていたのか、両方かもしれないけれど、高校入学後に考え方の歪みを作り上げていたような気がします。

 

27歳になった今も、その時必死で作り上げた自分の性格に悩まされているのだけど、

当時のわたしは、そうすることで自分を守ろうとしていたんだな、と思います。

 

今も、恥ずかしい限りですが、会社の忘年会の出し物などで目立つ役をやる人がいます。

私には何の声もかからない。

それだけで、プライドが傷つけられたように感じます。

その人のことが嫌いになります。

幼くて、短絡的な考えだとわかっていながらも、その当事者を目の前にすると避けようとしてしまう。

見たくないものから目を逸らしたくなる。

自分の反対にいる人が憎い。

 

目立ちたい、という気持ちを消したらいいのか。

いろんなタイプの人がいるんだ、と諦めるか。

自分で理想のキャラクターを演じるか。

どうしたら自分を満たしてあげられるのかわかりません。

 

だけど最近、感情に揺さぶられている自分と、その自分を可哀想と思って助けてあげようとする自分と、明確にふたつに分離している感覚になる時があります。

 

脳科学の本を読みあさっていて、脳の可塑性に期待しています。

 

子供達と離れることへの思い

毎週日曜日、可能な範囲で子供達を支援センターに預けることにしました。

 

最近、土日になると、尋常じゃない眠気に襲われ、頭が全く回転しなくなります。納豆巻きと味噌汁を作るのに1時間かかってしまいます。

先週も、気付いたら変なところで寝てしまっていて、目が覚めると、上の子の習い事のお迎え時間をすっかり過ぎていました。

お友達のママが一緒に待っていてくれて、罪悪感でいっぱいになりました。

 

今までは、旦那が土日休みだったこともあり、家族全体のスケジュールに余裕がありました。日曜日はわたしがジムに行かせてもらって、うまくひとりの時間も持てていました。

でも、最近は旦那が週7出勤で、深夜と早朝しか家におらず、私もですが、それ以上に子供達は全く旦那の姿を見ていないと思います。

 

子供達も荒れています。

昨日は、下の子のお迎えに行った時、まだ靴を履いている途中で私が先に外に出てしまったら、怒って突き飛ばされました。

私はその時しゃがんでいて、もう力も強いので後ろに倒され、他の親の前で3歳の子に突き飛ばされている自分に絶望しました。

 

上の子も、今まで人懐っこいだけだと思っていたのですが、外では他のママや他の大人にベッタリで、「ママじゃなくて〇〇ちゃんのママがいい!」と言われます。

私に愛情不足を感じていて、他のお母さんに愛情を求めてるんじゃないだろうか。だんだんとそう見えてきてしまって、大丈夫かな、と不安になります。

 

一概に、旦那がいないから悪いというわけじゃないけど、わたしの性格では子供が正常に育たないという不安が常にあるので、子供達の精神衛生上頼みの綱である旦那不在の状況はそれに拍車を掛けていると感じます。

 

平日は朝早くから夜遅くまで、週5で保育園に行っている子供達。

これ以上外に預けるのは可哀想と思い込んでいました。

だけど最近は、寝たきり、またはイライラしっぱなしの母親と一日中何もせずに過ごすより、

適切な保育環境においてあげた方がまだマシなんじゃないかと思い始めています。

 

自分の負担を減らすために預ける、と考えたら罪悪感に苛まれるけれど、

子供のためにも良いと思えば、良い選択だと思える。

自分に都合の良い解釈ですが。

 

そういうわけで、私が心身のバランスを取りづらくなる日曜日に、支援センターの保育を使うことにしました。

 

 

過去、自分が子供だった頃、親から離れている時間が本当に寂しくて辛かった記憶があります。

私はいま、その記憶を元に、子供達の事を決めてしまっている。

 

だけど、子供の頃の私と、私の子供達は別の人格。

「あんな寂しい思いをさせちゃいけない」って思うのは、子供の頃の私への気持ちであって、

自分の子供達への気持ちではない。

 

あの、強烈に不安な気持ちを感じながら母を待っているあの頃の私を、大人になった私が斜め上から見ている映像が脳裏に何度も浮かんで、いたたまれない気持ちになることがよくあります。

 

幼い私、それを見ている大人の私、それを外から見ている今の私。

3人の自分がいて、それぞれがそれぞれの不安を持っているイメージ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブログの事を人に話してみたら

「性格を変えたくてブログを書いている」っていう話を、はじめて人にしました。

 

私がこのブログを書いている理由は、

「どうやったら性格を変えられるんだろう?」

っていう問いがあるから。

 (自信のなさからこの書き方をしているけど、本当は、「自分の性格を変えるため」にブログを書いています。断定。)

 

さらに、
「なぜ性格を変えたいのか?」というと

  • 私の育て方や性格のせいで、自分の子供が大人になってから苦しむ事がないように、「普通の親」になりたいから
  • 人との長期の関係構築ができるようになりたいから(「普通の友達」がほしい)

 

そのために、

脳科学の研究本を読んだり

精神障害の本を読んだり

同じような状況の人のブログを読んだり

カウンセリングや

心療内科など、

 どんなアプローチが、どんな風に効くんだろう

っていうのを試してきた結果を残したい、と思ってきました。

 

一方で、感情の変化や嘘のない気持ちを書き出して、

「都合の悪いもの」であるがゆえに記憶から飛ばしてしまっている言動(解離っぽい現象)を記録する場でもあります。

 

2015年の3月から書き始めて3年弱になりますが、

ブログを書いている事で、何か変わったところってあるかな?と考えました。

 

気持ちが不安定な時は、

「何をしても私は変われない。」

と悲観的になります。

だけど、冷静に見たらどうかな?って。

 

昨日人と話した時に、

なんでブログに書いてるの?

公開してる意味は?

何か変わったの?

と聞かれて、そういえば、読み返すことはあるけど、振り返ることってなかったな、と気付きました。

 

仕事でもなんでも、「その行動をすることで求めたいものは何か」を意識して動かないと、結論を出すのも解決に導くのも難しいとわかっているのに。

自分を俯瞰的に見て改善の道を探そうとしているのに、気付いたら中に入り込んでしまっている状態が多くありました。

 

なので、ちゃんと全体を振り返って、変化を意識して見たのは初めてでした。

 

変わったこと
  • はじめる前は、自分の感情の浮き沈みの激しさにただただ振り回されていた。でも、自分には多重人格の気があり、善・通常・悪の三人がいることが整理できた。今の自分がどの状態にいるかは把握できるようになっていて、切り替わったのにも気付くんだけど、どのタイミングで、何がきっかけで切り替わるのかスイッチがわからないから、コントロールができない。
  • 「悪」状態に陥っているときは、人を選んで標的を定めて徹底的に潰そうとしてしまう。
  • 三人称のどれを捨てたい、どれになりたい、じゃなくて、全部をひとつにまとめて一人の自分になりたい。無意識で悪の状態に陥って記憶なく人を傷つける行動を取っているのが怖い。
  • 怒っている時や泣いている時、「感情のままに動いている自分」と、「その原因や対処法を考えている自分」が同居するようになった(できない時もある)
  • 一概にボーダーだ、鬱だ、と言ってひとつの病気だけにフォーカスして改善に注力するのではなく、もっと「自分」について定期的、客観的に見ないといけないと思うようになった
  • ブログの目的やアプローチ方法を何度も考えることで、改善したい目的を明確にできた(上述の「わたしは子供のため、自分のために性格を変えたい」)

 

変わっていないこと
  • 上に書いたように、自分の分析ができてきた反面、行動については全くコントロールできていない

 

こんな話をこの前して、「こんなに自分の三人称(悪、通常、善)を喋れる人初めて会った。根は真面目で、ちゃんと考えて頑張ってるんだね」と褒めて(?)もらった一方で、その人に言われた

「ボーダーの人は結婚すると良くなったりするけど、どうせ離婚するんだよね。」

「友達いなくていいって言うなら、別に勝手にすればいいんじゃない?俺は友達がいるから結婚しなくてもいいくらい楽しいけど。」

「特定の人に出してる態度は、人に見せちゃダメなやつだよ。自分の評価下げるだけ。」

っていう発言に負けそうになる。

もう話をしてから何日も経ってるのに、思い出して泣きそうになる。

馬鹿にされているし、見下されているし、惨め。

しかも、自分は無意識なのに人は気付いてることへのショック。

 

人と会うと、その瞬間はひとりじゃないことで満たされるけど、その後の公開とか不安とか寂しさの反動が大きい。

今回は、今まで人に話したことのなかったこのブログのことを話してしまったし、なんか自分だけが丸裸で全てをさらけ出しているのに、相手はダウンコートを着ているような。

惨め。

つらい。

本当に、わたしには一生本当の友達なんてできなくて、歳を取ったら誰も会ってくれなくなって、

ひとりで虚しく死んでいくのかもしれない。

 

やっぱり人と比べてしまう。

今回話した人はたくさん友達がいて、結婚すべきという概念も捨てている。

人生を楽しむ術を身につけている。

一方の私は、結婚・子供という繋がりに安住しているだけ。家族だからといってバラバラにならないとは言い切れない。

この繋がりがなくなったらひとりになる。

いまはそんな不安な気持ち。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「抱きしめる」だけでいい

Twitterにダラダラと書きなぐっていましたが、

夫のことと、外での人間関係に疲弊しきっていました。

 

誰にも愛されない自分を目の当たりにしたようで

すべての努力や我慢が無意味だと感じ

自分しか信じるものがなく

その自分でさえ不安定。

 

あなたのことはわたしが守ってあげるよ、と

ひたすら自分に言い聞かせて、落ちるのを防いでいました。

不安定な自分に守ってもらう不安。

だけど、強い自分がいるはず、という無理やりの希望。

いつか崩れる瞬間に怯えながら、

ただ、大丈夫、と繰り返しました。

 

みんなが敵に見える時、

わたしの頭の中には人の顔がスライド方式で次々と出てきます。

それを、敵、味方のどちらかの箱に仕分けする作業をします。

そして、味方の箱が空っぽになるのを確認し

虚しくて死にたくなるのです。

 

ただ、前もそうだったのですが

義母だけは、わたしの味方ボックスにいました。

人を好き嫌いで判断せず

嫌なことも受け入れ

批判をされてもあっけらかんとしていて

自分を強く持っている義母。

離婚の事を義母に相談した - ゆるゆる子育てライフ

 

昨日は、子供の保育園行事で朝からバタバタとしており、

子供達を連れて実家に帰っていた旦那とは現地で会いました。

旦那とは喋らず、ずっと別行動。

終わるとひとりで実家に帰っていきました。

下の子を実家に預けたままだったので、旦那が連れて電車で帰ってくるのかな、と思っていましたが、

お義母さんが車で送ってきてくれました。

 

お義母さんと会いたかったから、嬉しかった。

義母に、瞬間瞬間、直感の通りに動けばいいんだよ。

いま、なにがしたい?

そう聞かれたけれど、なんにも思い浮かびませんでした。

 

わたしもどん底の時期があって

自分なんかいる意味がないってずっと思いながら生きてた。

60超えて気付いたんだから、〇〇ちゃんは大丈夫!

そう言ってくれました。

 

わたしは、旦那と別れたとしても、お義母さんとはずっと繋がっていたい。

本当にそう思っていて、それを話すと、

わたしは〇〇ちゃんのこと大好きだから、

絶対いなくならないから大丈夫だよ。

子供の事も、人の事も考えなくていい。

自分の事を考えてればいいんだよ。

そういって、抱きしめてくれました。

 

子供の頃からいままでに、足りなかったのはこれかなあ。

満たされている感覚。

両親はわたしのことをすごく大切にしてくれました。

宝物のように、壊れ物のように大事にしていたと思います。

だけど、ぎゅっと抱きしめられたことが少なかったのかな。

話をしたくなったら聞いてくれたけど

母親はいつも自分の部屋かキッチンにいて

壁一枚挟んだ隣の部屋で話をしてたかな。

父親と、本気で話したことってなかったな。

まだ小さい頃に、寝る時に父親にくっついて寝ていたのが、覚えてる限りいちばん安心できた記憶。

 

子供達を愛しているなら

小さいうちにぎゅっと抱きしめてあげよう。

気持ちだけじゃなくて、行動で。

もう6歳と3歳。

もう遅いのかもしれないけど、まだ遅くないかもしれない。

自分が後悔しないように、子供が将来苦しくならないように

母親としてできること。