こあらの念仏日記

境界性パーソナリティー障害のことと明日の生き方を考えるブログ

心療内科に通院しながら仕事・育児をすることについて―週3のアルバイトで認可保育園に預ける罪悪感―

 

 

 

精神不安定に苦しんだ27年

先月から、心療内科への通院が始まりました。

自治体で育児支援を行っているセンターの方に勧められてのことです。
 
思い返すと、ストレス発散のために自傷行為をするようになったのが小学校低学年の頃。
高校生になると、自分でも精神的不安定さを感じる事が多くなって、
ある時は手が付けられないくらい暴力的になり、
またある時は布団から出られないくらいのうつ状態に陥っていました。
 
当時は学校に行けない事も多かったけれど、暴走する自分の感情をなんとか抑え込みながら自宅で最低限の受験勉強をし、
なんとか受かった大学での学生生活を経て、
大学在学中に結婚・出産を経験し、育児期間に突入しました。
少しずつ仕事も始め、今に至ります。
 
精神的にずっと不安定な状態で過ごした十数年でした。
 
はたからみると明るい性格に見られるので、不安定な自分を隠さなきゃという気持ちからますます落ち込む、ということも数え切れない程ありました。
 
他人に「悪意をもって」見られているという思い込みが激しく、常に自意識過剰で、通学中の電車の車内に耐えきれず家に帰ってしまったり、過食拒食を繰り返したり、劣等感から嘘ばかりついていました。
 
そして、それらの行動の原因は、自分の弱さだと思っていました。
周りの目を気にして挙動不審になるのも、周囲に嫌われていると思い込むのも、私が自分の心を鍛えることで全て解決するものだと思っていました。
病院へ行くという選択肢は私の中には微塵もありませんでした。
 

自治体のサポートを受けることになったきっかけ

子供が生まれて、母になったというかすかな自信が付いたのか、少し精神不安が軽くなったと思う瞬間もあり、
病院に通うということからはますます遠ざかっていたのですが、
娘が予想以上に良く泣く子で、育児に対してストレスを感じる事が多くありました。
 
さらに、同年代の人達が仕事でどんどん成果を出している中、
私は仕事もできず、かといって育児も満足に出来ず、頼れる身内も近くにおらず、
授乳も抱っこも拒否して泣き続ける赤ちゃんを布団の上に置いて、部屋の隅で泣き続ける日々が続きました。
 
そしてある日、耐えきれずに子供に暴言を浴びせてしまった後、後悔から自治体の虐待防止ホットラインに自らメールを送り、それがきっかけとなり、自治体のサポートを受けるようになりました。
 
まずは、保育園に入れて子供との距離を取りましょう、ということで、ある認証保育所に入園したのですが、認証保育園の高額な保育料を払う余裕はなく、週5日のフルタイムパートの仕事をしてなんとか保育料をまかなう日々。
 
もちろん手元に残るお給料などはなく、
数年後、二人目が生まれるのを機に、仕事も保育園も辞めました。
 
その頃、妊娠中ということもあったけれど、気分の浮き沈みは相変わらずあり、子供ともうまく関わることができなくなってきて、自治体に再度相談することになります。
 
認証保育園に通わせている期間中も、時々自治体から電話をもらうことがあったのですが、虐待してしまうことを自分から言い出せず、「大丈夫。良くなりました。」といつも嘘をついていました。
そのため、自治体側も、私達のことをそこまで深刻には捉えていなかったのだと思います。
 

予想外の保育園入園

2人目の産後は、地域的に認可保育園に入れることは不可能だと思ったので、上の子を幼稚園に入園させ、託児所付きの仕事でもしようかと考えていました。
2人目の産後、3か月経った頃からは、生活費のために深夜の仕事と内職をしていました。
 
そんな時、久しぶりに自治体のケースワーカーさんから電話が来ました。
今の状況を話すと「保育園に申請したほうがいい」と勧められました。
正直、その時には幼稚園の入園料も払ってしまっていたし、深夜のバイトだけで認可保育園なんて無理だと思いました。
ですが、ちょうど新園が複数開設される年だということで、申請だけはしてみることにしたのです。
 
その結果、兄弟別々の園ではありますが、2人とも認可保育園入園の許可をいただきました。
本当に考えてもいなかったのですが、急きょ、子供たちを保育園に通わせることになりました。
 

病院なんか行きたくない。働きたい。

そんなことがあって、ケースワーカーさんとしっかりお話する機会が増え、私の精神状況も実際の状態に近い形でお伝えすることができるようになってきました。
私の話を受けて、ケースワーカーさんから自治体の保健師の方へ連絡が行ったようで、そこで心療内科への通院を勧められました。
 
激戦区の保育園に入園出来たのに、自分の体調を理由に仕事をしないなんてありえないという考えがあったので、私はその勧めをずっと断り続けました。
それ以前に、通院のための費用を払う経済的余裕が我が家にはなかったし、そもそも、自分の気持ちの不安定さが、病院で治せるようなものだとも思っていませんでした。
 
「絶対にフルタイムの仕事を探す」と意気込んではいたものの、
夫には絶対無理だと全力で止められ、自治体の方々にも、無理せず徐々に仕事を増やしていったほうが良いと言われ、受けた職場は面接で落とされ、さらに落ち込んでしまいました。
 
自分が見えなくなると言うか、やればできるだろうという気持ちが少なからずあるのでしょう。
また、週3のパートで認可保育園に通わせるなんて、保育園の先生や他の保護者の方にどう思われるんだろう…
そんな恐怖心と見栄もありました。
 
でも結局、希望していた職場を落とされたことでフルタイムの仕事探しは諦め、週3日、自宅からも近く、勤務時間帯も無理のない仕事に決めました。
 

「週3の仕事なのに…。」保育園に連れて行くのが怖い。

そして今日、ついに保育園の入園式。
 
どうしても、後ろめたい気持ちが捨てきれず、誰とも話さず写真を撮ることも無く、一番最初に逃げるように帰って来ました。
 
保育園の先生たちは、私のことを自治体から聞いているんだろうか…。
そう思うと尋常じゃない気まずさに襲われ、罪悪感でいっぱいになりました。誰かと目を合わせたり、あいさつをするなんて到底無理でした。
 
今日、娘と息子の両保育園から、保育利用時間の申請書をいただいたのですが、その書類に「週3日」という勤務状況を書くのがすごく嫌で、「本当に週3日と書いていいのか。退園させられるんじゃないか。」と自治体の方に電話で相談させていただきました。
 
「通院している心療内科からうつ病と診断書を出されているので、それで週6日預けられる。」
そう言われたけれど、正直、保育園にうつ病の診断書を出すのがとても怖い。
どう思われるんだろう、何を言われるんだろう、と考えると、怖くて怖くて涙が出てきます。
 
子供たちまで冷たい目で見られるんじゃないだろうか。私のせいで。
やっぱり保育園なんて入れなきゃよかった…
明日からの慣らし保育期間も、嫌でも他の保護者の方に会わざるを得ないだろうし、先生とも会話をしなきゃいけないし。
想像しただけでとても怖いです。
 
自治体の方は、「体調が悪いのは仕方ないし、全く仕事はしていないけれど診断書で保育園に通わせてる人もいるんだから。」と言ってくれたけど、そういう人がいるからといって堂々となんて出来ない。
 
保育園にいくときに化粧したりマニキュアを塗ってたりしたら、「体調悪いのにそんな余裕あるの?」って思われそうだからすっぴんで行ったほうがいいのかな、と勘ぐってしまうし、かといってボロボロスッピンで外には出られるわけもない…
 
週3しか働いていないのに認可保育園に預けることへの罪悪感
しかも精神疾患で通院していることを免罪符にして
 
それをプライドが許せず、悶々としてしまいます。
 
自治体の方や夫に、こんなことを延々何時間と話せるわけもなく、ブログに書いてしまいました。
私の発言や状況に、不快感を感じる方がいらっしゃるかもしれませんが、もしそのようなことがあったら申し訳ありません。
 
 
今後もたぶん、心療内科への通院や保育園のこと、仕事のことがメインになると思います。
文章力も中身もないつたないブログですが、ご興味がありましたらお読みいただけると幸いです。
改めて、よろしくお願いいたします。