こあらの念仏日記

境界性パーソナリティー障害のことと明日の生き方を考えるブログ

本当に死にたくなった人が取る行動

18歳で初めて自殺未遂をしました。

 

私に子供がいなかったら、たぶん今日の夜、もう一度死のうとしたでしょう。

 

 

本当に死にたくなった時って、ずーっと死ぬ瞬間のことを考えるんです。

 

電車に轢かれたら。飛び降りたら。殺人鬼に刺されたら。首を絞められたら。薬を3瓶飲んだら。樹海に行ったら。

 

もちろんね、こわいなーと思いますよ。

だけど、それを越えたらすごくあったかい感覚になるとこがイメージできる。だから人って自殺できるんですよね。

わたしもたぶん、死ぬ瞬間を想像して恍惚な表情をしてたと思います。

 

私はね、今日会社で泣きました。嫌すぎて。

全部を拒否してしまったし、全ての人を敵と認定しました。

 

会社帰りに、電車でマスクしてボロボロ泣きながら帰りました。周りにいる人の視線を感じました。

 

だけど、子供を保育園に置きっ放しにできないから、泣きながら自転車をこいで迎えに行きました。

 

ひとりで泣く時間がほしい、と切に願いました。

 

ふたつ保育園を回って、子供のご飯をコンビニで買いました。

私はいつもの癖でお酒を買いました。

お酒なんか飲んでも状況は何も変わらないし、わたしのこの死にたい気持ちがなくなることもないんです。

わかってるのに、150円を払うのは不思議だなーと思いながらお金を出しました。

 

帰ると、一週間前の皿や、カゴ5つ分の洗濯物、ゴミの山がありました。

 

子供たちがご飯を食べる中、ドラえもんの映画がテレビで流れていたのだけど、見ていたはずなのに何も思い出せません。視覚だけ機能してて脳は停止していた感じ。

 

そして、Twitterで同じ状況の人を数人フォローしました。

なんで私死にたいのにこんなことしてるんだろ、って、自分でも不思議でした。

 

 

 

 

今日、下の子をピックアップして上の子の園に向かう途中、自転車漕ぎながらううーとなって泣き出してしまったんだけど、三人乗り自転車の前に乗ってた息子が

「ママ、なんで泣いてるの?」っと一瞬びっくりした顔をしたあと、身体を伸ばして、私の頭を撫でて、「泣いちゃった子にはなぜなぜするんだよ」と言って、道中ずっとずっと頭を撫でてくれました。

 

たぶんそれがなかったらわたしは子供達を置いて自殺してたと思う。