ゆるゆる子育てライフ

楽しく生きるをモットーに、今年は自分と向き合いたい。2児の母です。

ワーママが子供と過ごす時間を作る大切さについて考えてみた

もし時間の制限がなければ、ずっと仕事していたい。

 

夢中になれるのも

何かを作り上げるのも

感謝されるのも嬉しい。

 

仕事じゃないと味わえない。

 

 

家庭でもそうできたらいいけど。

規模が小さいせい? 

認めてくれる人が夫ひとりだから?

 

家でも、部屋を片付けたり整理整頓するのが楽しい。

あと、自分の予定の管理。

 

じゃあ、子育てでわたしが楽しめることってどこだろう。

今、まったく楽しくない。

 

子育てがなければもっと仕事できるのに、と思ってしまう。

 

イライラして、日々の育児の時間が終わる。

 

逆に習い事を始めたり、子供の成長を自分の目で見る機会を作る必要があるのかもしれない。

今は、保育園に全て任せてしまってるから。

 

朝と帰宅後のバタバタした時間だけじゃなくて、

ゆっくり子供と過ごす時間を作らないと

わたしは子供達の母親としての楽しみをずっと味わえないのかもしれない。

 

自分のこともやりたい。

仕事ももっと頑張りたい。

 

でも、子供のこともちゃんと見てあげたい。

存在を、心から認めてあげたい。

 

 

いちばんでいたい病気かもしれない

あー、不安だ。

嫌われてるかもしれない。
嫌われるかもしれない。
わたしより違う人が上だと思われるかもしれない。

人の目線が怖い。

見下されてる?

馬鹿にされてる?

イライラされてる?

 

わたしに対してどんな感情を抱いているんだろう。

そればっかりが気になる。

 

自分が一番じゃなきゃやだ、っていう病気かもしれない。

必要とされてないと壊れそうになる。
仕事でも、女としても。

 

だから、勉強しないといけない。

綺麗でいないといけない。

 

だけど、周りを見れば、到底追いつけないくらい知識があったり能力がある人ばかりで、劣等感ばかり感じる。

 

わたしがどれだけ痩せても、努力しても、比にもならないくらい可愛い子がたくさんいる。

 

そうすると、生きてる意味がわからなくなる。

 

ここで、仕事をしている意味、価値。

女としてここにいる理由。

 

わからなくなって、悲しくなる。

結局、わたしの代わり、それ以上の価値がある人が数え切れないくらいいて、その中でわたしがいる意味ってなんだろう。

 

だから、男性にすがるのがやめられなくて、

旦那だけじゃなくて、いろんな人に価値を認められて、それでここにいる意味を見出そうとしてる。

 

仕事でも、出しゃばってる気がする。

存在をアピールしたいのかもしれない。

恥ずかしい。

 

 

ずっと、不安が消えない。

 

 

必要とされること

必要とされたい。

 

若い時は、それなりに体型も整っていて、女性らしさもあった。

 

でも、産後、体型は崩れ、胸も風船のように萎んだ。

 

夫とは、数ヶ月体の関係がない。

 

その前も、一年くらいなかった。

 

 

自分のいる意味がわからなくなる。

 

女でいる意味がわからなくなる。

 

 

頑張って、矯正下着を着けたり、太ったらごはんを減らしたり、運動をしたりする意味。

 

いつまでも綺麗でいたいと努力する意味。

 

 

 

何のために?

 

自分に自信を持つため。

 

本当は、愛されたいから。

 

必要とされたいから。

 

 

だから、不倫だとしても、誰かが私に会いたいと思ってくれることが本当に嬉しかった。

 

だけど、やっぱり私じゃだめだ、と思った。

 

きっと私じゃ足りない。

 

自信が持てない。

 

 

 

 

母親として、子供達を育てるために、いま、私は必要なのかもしれないけど、それだけのために自分が存在しているなんて寂しい。

 

子供達が親の元を離れたら、私の生きる意味なんてなくなる。

 

私だって、ひとりの人間。

 

子育てだけで一生を終えるなんて、耐えられない。

 

 

 

 

誰にも必要とされない自分。

 

寂しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恋を諦めること

私は昔から恋愛体質で、恋愛に依存しがちでした。

 

好きと言われれば好きになるし、その人のことばかり考えてしまう。

 

今になってそれが再発してしまいました。

 

 

相手も、私が既婚者なのは知っているので、本気ではないんでしょうが、私の方が、だんだん嫉妬心を感じたりすることがあって、危ないな、と。

 

連絡を取り合う関係が続いていて、向こうも会いたいと言ってくれるけど、だんだん自分が不安定になってきている気がしていました。

 

相手に本命の子がいるのが嫌だ、寂しい。

 

そう思う自分が嫌で、それが家庭や自分に悪影響を及ぼすこともわかっていて、もう会うのをやめる、と連絡しました。

 

最初は嫌だと言っていたけれど、彼も大人なので、途中で折れてくれました。

 

でも、自分から言ったのに、寂しくて悲しいです。

 

 

 

 

いつまでも女でいたい。愛されたい。

 

批判の声ばかり聞きますが、女に生まれた以上、そう思うのは自然な感情ではないでしょうか。

 

女だから、ではないのかもしれませんが、人に愛されることは何よりも嬉しいことです。

 

既婚者だと、本気で夫以外の人に愛されることはないので寂しさはありますが。

 

一瞬だけでも愛されたい。

 

そう思ってしまいます。

 

 

 

 

結婚に向いてないのに結婚してしまったのかもしれません。

 

夫との関係が良くないのか、私の性格がいけないのかわかりませんが、やっぱり、いつまでも綺麗でいたいと思います。

 

ダイエット頑張ろう。

 

 

 

母親になっても自分を大事にするという事

溜まった気持ちのはけ口として書いているようなこのブログ。

 

なんて嫌なヤツなんだろう、って思われるかもしれないけど、

 

実際の子育ては、幸せと同じかそれ以上に過酷で苦しいものだと思います。

 

 

 

一人目を産んだ時、私は、優しく大きな器で子を見守る母親像に憧れ、目指し、その虚像に囚われていました。

 

イライラするたびに、目の前に寝ている赤ん坊に対して罪悪感を感じて泣くこともあったし、思い通りにならないことが起こるたびに、完璧に家事育児をこなせない自分が嫌になりました。

 

ママ友関係でも、年齢の若さゆえに下に見られるのが嫌で、見栄を張って付き合っていたので、今に続くような関係を構築することができませんでした。

 

専業主婦の期間もあったので、何か好きなことをやろう、と思って色々と手を出しましたが、主婦の方が多くやっているインテリアやハンドメイドなど、ありきたりなものばかり。

 

私は、「自分の好きなこと」を探していたはずなのに、

 

無意識に、「母親として、主婦として、好きであるべきこと」を探していました。

 

当時は、周りの目ばかり気にして生きている自分にまったく自信が持てず、可愛いはずの我が子も、うまく扱えない飾りのように感じて、

 

どうしたら良いお母さんに見えるんだろう?

 

と外から見える、わかりやすいものばかりに目を向けていました。

 

 

 

 

だけど、二人目を産んだあと急に、母親になった、という実感が湧いてきました。

 

それはすごく自然に起こったことで、同時に、母親である自分に少し自信を持てるようになりました。

 

そして、卒乳が早かったのと、仕事を再開したのと、保育園のママ友ですごく気の合う友達ができたことで、自分の好きなことをしたい、という願望が湧いてきました。

 

前のように、無理やり探そう、作ろうとするのではなく、本当に心が欲しているものを認めてあげられるようになりました。

 

子供を預けて飲みに行く、とか

 

美容院に行く、とか

 

気の合う男友達とメールする、とか

 

世間一般的に見たらあんまりよく思われないだろうからやめておこう、と思っていたことをすることにしました。

 

ただでさえストレスを溜めやすい自分が、できないことを自ら増やして更にストレスを溜めてるのって、すごく馬鹿らしいな、とある時思ったのです。

 

個人的な遊びや会食も、家庭や子供に支障がなければ問題ないとおもいますし、

 

何より、子供と親がべったり二人三脚で生きるより、親と子が、それぞれ自分の世界を持っていたほうが、後々お互いのためにいいのではないかと。

 

私は、小さい頃からどこにいくにも親と一緒でした。

 

弟の出産のため、ひとりで親戚の家に預けられた日には不安で不安で、私にはお母さんしかいないのに、と思っていたのを今でも思い出します。

 

大人にも子供にも、逃げ道が必要です。

 

逃げ道と言うより、たくさんの選択肢が必要です。

 

自分の子には、あなたを見守ってくれるのは親だけじゃないよ、っていうことを知ってほしい。

 

そのためには、親である私たちが、自分の世界をちゃんと持っていないといけないと思います。

 

自分には子供しかいない、なんていう親の気持ちは重いです。

 

私はその子供側でしたが、今でも親が可哀想に思えます。

 

家庭以外の社会の仕組みにちゃんと参加すること。

 

色々な道を見せることも教育なのではないかと思う昨今です。

 

 

 

 

 

 

既婚者の恋と遺伝子の話

仕事が変わって2ヶ月。

 

転職して良かったと本当に思います。

 

自由な社風で、仕事を楽しんでいる人が多い。

 

仕事の状況や勤務環境をちゃんと上長が把握してくれていて、仕事量を調節してくれるので、物足りなさも感じない。

 

世間話が愚痴しかなかった前職とは違い、気分を明るく保てる環境で仕事ができていることがしあわせです。

 

会社の方は仕事が出来る方ばかりなので、くだらない仕事関係のストレスも皆無。

 

 

 

いままで私は、本能的に生きてきたと思います。

 

人を好きになるのに、理由も何もなくて、本能的に、この人の遺伝子がほしいと感じて、一瞬で好きになることがほとんどでした。

 

夫は、私が欲しいもの、私に足りないものを持っている人でしたので、この人の遺伝子を受け継いだ子供が産みたいと思って結婚しました。

 

そして、二人の子供を授かりました。

 

 

 

 

仕事をしていると、人の才能だったり、長所短所がよく見えます。

 

そうすると、夫でなくても、この人の遺伝子が欲しいと感じる瞬間が良くあります。

 

仕事上の絡みが多くなってくると、それが恋愛感情に近いものになっていることに気がつきました。

 

もっと話したい、近くにいたい。

 

ピンポイントでひとりだけ好きというわけじゃないのですが、どちらにしても私が既婚者なので何もできず。

 

2人きりではないですが、飲みに誘ってくれたりするので、好きな気持ちを伝えてはいけない状況が辛くなってきました。

 

いままで、好きになったら後先構わず猪突猛進していく生き方をしてきたので、好きな気持ちをどう処理すればいいのかわからずにいます。

 

 

 

 

 

夫は才能もあり、私が仕事を変えてからは子育てにも積極的に参加してくれます。

 

ただ、既に二人、私と夫の遺伝子を受け継いだ子がいるので

 

さらに同じような遺伝子を持つ子が欲しいかと聞かれるとうん、とは言えない。

 

別の遺伝子にすごく興味があるし、仮に別の遺伝子を持った子供を私が産めるとしたら、すごく自分が強くなる気がするのです。

 

子孫を残すことが生き物の本質だとしたら、理にかなってると思いますが、

 

人間には倫理というものがあるから、それが公には認められていないですね。

 

人並みに世間体も気にするので、何か行動に移そうとかはないですが。

 

改めて、自分の動物的な感覚の強さにびっくりしたのと、

 

理性で抑えるしかない切なさに耐えるしかないんだなー、と改めて思いました。

 

 

 

 

恋愛体質の人間に、結婚や出産は精神的な安定をもたらすと思います。

 

妻として、母として、明らかに必要とされることで、自分の価値を認められるので。

 

でも、恋愛はやっぱり楽しくて、生活にハリが出るし、何か行動に移すとか、家族を放棄するとかじゃなければ良い事かと思います。

 

正直、もっと一緒にいたい、飲みたい、話したい。

 

けど子供のお迎えがある。

家に帰らなければいけない。

 

それを辛く感じて、結婚しない自由な生活に憧れる瞬間もあります。

 

でも、生活の根幹に夫と子供がいるのには変わりなく、それも含めての私を周りも認めてくださっているはずなので、不倫はできないですね。

 

 

 

 

 

 

まとまりなく書いてしまいましたが、家庭と子供を第一にしつつも、人付き合いとしてうまくバランス取って行けるといいな、という話でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

育児ノイローゼ。死にたい。

子供に死ねと言ってしまう。

 

一緒に暮らしたくないと言ってしまう。

 

そんなこと言いたくないのに、思ってないのに。

 

もう口癖になってしまった。

 

 

本当は私が死にたい。

 

今すぐ死にたい。

 

自転車に乗っている時、車がぶつかってこないかな、と思ってしまう。

 

でも、子供達が可哀想だと気を取り直す。

 

自分がダメな母親すぎて死にたい。

 

ダメな人間としか思えない。

 

全てが嫌だ。

 

仕事も、育児も、全てが嫌だ。

 

今すぐ消えたい。