ボーターじゃない

都内で働く6歳(小1)4歳(年中)2児の母。境界性パーソナリティ障害(BPD)、自閉スペクトラム症(ASD)、HSPの傾向があります。目標は生き辛さの解消。※ブログ整備中。見辛くてすみません。

彼女にしたら破滅する…?「ボーダー」であることを夫に話して認めること

 

 

境界性人格障害の特徴

境界性人格障害境界性パーソナリティ障害

「ボーダー」と呼ばれる精神の病があります。

 

 巷に流れる情報を見ると、

「彼女にしたら破滅の道をたどる」「絶対に結婚してはいけない」「ボーダーだと気付いたら相手にせずすぐ逃げましょう」とまで言われています。

でも、自分がもしボーダーだとしたら、本当に逃げるのが正解だと思います。一緒にいる人は壊れてしまうと思う。

 

それは、このような特徴があるからです。

 

 

  • 感情のコントロールができない
  • 白か黒かの両極端な考え方をする
  • 態度が極端に豹変することがあり、人間関係が不安定
  • 自己否定的
  • 自分の一部に対する評価を、全人格を否定されたと思い込む
  • 同じ人物に対しても、好き嫌いがコロコロ変わる
  • 試し行動を繰り返す
  • ギャンブル、セックス依存、過食、OD、自傷行為、自殺未遂
  • 見捨てられ不安

 

人に対しては、好きな人は大好き、嫌いな人は殺してやりたいくらいに嫌いです。

自分の居場所はどこにもありません。結婚していても、友人と一緒にいても、いつでもひとりぼっちで誰も味方がいないような感覚になることが多く、かっとなると後先考えず暴れ、暴れたかと思ったら布団にこもって一日中動けなくなったりします。

いつも漠然とした不安を感じていて、その不安が大きくなると、自分を愛してくれているか、見てくれているか、旦那でも彼氏でもない人に確認するために試し行動を取ったりします。

 

夫が唯一の相談相手

最近、落ち込んだり不安になったり、怒りが爆発して止まらなくなったり、破裂しそうになったり消えかかったり、ずっと気持ちが不安定で、いまにもガランガラン崩れるんじゃないかという精神状態に陥ることが多くありました。

 

こんな時、心を開いて相談できる人が夫以外にいません。それも私の不安要素のひとつなのですが、唯一の相談相手である夫にでさえ、自分の気持ちを話す時はなかなか言葉が出ず、手悪さがおさまらないほど緊張します。嫌われたり、批判されるのが怖いからです。

 

夫は、基本的には穏やかで冷静。

そして、自分に自信がある人です。
自分に自信があることは、その人の最強の強みだと思います。

夫は私のことを変な奴だというけど、一部では尊敬してくれている部分があると感じます。私のことを好きでいてくれているのもわかります。

私の攻撃的で不安症な性格についても、7年以上一緒に住んでいることもあり、ある程度は理解してくれています。

「お前の性格についていけない」「考え方がおかしい」と言われることもあるけど、それで私のことを見捨てたり、敵対心を持ったりするタイプでもありません。

私は、何度も何度も、夫のこのような性格に助けられてきました。

嫉妬と見捨てられ不安と怒りに狂う日々

友達との関係と仕事のことですごくストレスを感じていたので、昨日勇気を出して夫に話しました。

下の記事に書いたようなことです。

 

koara20150323.hatenadiary.jp

 

会社の中で、誰かの心の中で、「いらない」認定されるのがすごく怖いのです。

不安でいっぱいになると、相手の気持ちを確かめるまで気持ちがおさまらず、わざと冷たくしてみたり、自分の闇の部分を見せてみたり、余計な行動をとってしまいます。気持ちが落ち着いた後、その行動を死ぬほど後悔します。もっと嫌われたと思って自分から距離を置いてしまいます。

 

自分に自信がないから、周りの人がすごく幸せに見えます。

豪華絢爛なヨーロッパの宮殿のパーティーで、ひとりだけぼろ布を巻いて立っている感覚に陥ります。惨め。

 

ひとりで子供を連れて休日外に出かけるとその感覚になることが多く、電車の中で子供がいるにもかかわらず、涙があふれて止まらなくなることがあります。

 

今までは、人前で怒りの感情を出すことをある程度は我慢できていたのに、最近は、子供を乗せて自転車を漕ぎながら死ね死ね死ねー!!!と叫んでしまったりします。このままトラックに轢かれて死んでしまおうかと考えることもあります。

 

頭にくる発言や行動をとられると、赤の他人でもあからさまに睨んだり、反論したり、殺してやりたいと思う瞬間すらあります。

 

夜寝る前になると、すべての人に嫌われて見捨てられるような感覚に陥ります。不安が大きくなると、彼氏でもない人に試し行動のような連絡をしてしまったりして、朝になると後悔と恥ずかしさで消えたくなります。

その人との関係は自分から終わらせます。

 

自分の知らない他人のプライベートな情報を、自分じゃない人が持っているのを知ると、強烈な劣等感と嫉妬を感じ、双方に対して敵対心を抱くようになります。

 

ボーダーであることを受け入れられない自分

夫はそんな私の話を笑いながら聞いていて、俺はそんなことないなーと言っていましたが、

「これピッタリだね。絶対これだよ。」

 と言って見せられた携帯画面にあったのが、「境界性人格障害」でした。

 

私も過去、本当に苦しくて、何か解決の糸口を見つけたかった時に、同じ検索結果にたどり着いたことがあり、その特徴や症状すべてに当てはまることに驚いた記憶がありました。

 

でも、とにかく「精神的な病気」を受け入れられない私は、その時見て見ぬふりをしました。

だって、自分を「境界性人格障害」に当てはめたところで、私の悩みは解決しなじゃないですか。

精神の病気は性格の問題であって、知らない他人に判断されるべきものでもないと思います。

私は、自分の性格に人生の大半を翻弄されてきましたが、それでもこの考えは変わりません。

 

カウンセリング、精神科、心療内科

その類のものに尋常じゃない嫌悪感を抱いています。ぼったくり。嘘つき。他人。

そして、病名を免罪符にして、仕事にも行かず、子供を手放し、それらの機関に頼り切って生きていく選択をする人間とも決して相容れないと思っています。

極端な言い方のように見えるかもしれませんが、これが本当の気持ちです。

 

それでも医療機関にかかる

それなのに、これほどまでに嫌っているのに、すがりつくかのように医療機関を頼りたくなる瞬間がたびたび訪れます。

自分を構成しているものがバラバラに崩壊する寸前であると感じる今の状況。

自分でそれを止めることができそうにない。

誰かに「止めて」と頼むこともできない。

 

家族にはきっとわからないし、負担もかけたくない。

一から私の感情の状況を説明して、こうするといいのかもしれないという選択肢を探して試して、私の精神が安定する方法を模索する。

そんな、深海での宝探し並みに無謀な「自分を変える作業」のために、他人に協力を求めることはできません。

そのことが原因で家族関係が不安定になることが恐ろしいからです。家族は私にとって、唯一の人との繋がりだから。

 

その時に「他人である」ということは、医療機関にかかる唯一のメリットです。

でも同時に、メンタル系の医療機関にかかることの難しさもそこだと思います。

 

他人だから無理が言えて、将来の関係維持を考慮する必要がないというメリットがある反面、

信頼できない、本心を話せない、めんどくさがられるかもしれないと発言に気を遣ってしまう等のデメリットは確実にあります。

 

だから、そういう医療機関に自分の人生を預けている人って、すごく素直で、疑いがないと思う。

そう考えると、この病気ではないんじゃないの?とも思ってしまうのです。

 

自分でいうのもおかしな話ですが、本当に救うべきは、私のように根っこからひねくれていて、すべてを疑っていて、誰にも助けを求められずにひとりで苦しんでいる人なんじゃないかと思うのです。

 

仮に私が境界性人格障害だったとしても、病院に行っても治るわけないから自分で治す。

そう思っていました。

 

このブログもその一環ですが、

気持ちを書き出してみるとか、過去の記憶を書き起こして整理してみるとか、

自分でいろんな改善方法を試してきました。

 

心理学や心の仕組み、脳科学など、

「どうしたら性格を変えられるのか」をテーマに、たくさん本を読み、調べ、勉強しました。

心療内科の受診を試みた時期もありました。

 

それでも、何も改善されず、感情の波はコントロール不可能なほど激しさを帯び、生きることを諦めたり復活したりを幾度も繰り返してきました。

 

夫にそのこと話すと、

「本読んで治るわけないじゃん。脳の機能の問題なら、薬で何かを制御したりできるんだろうから病院行ってきなよ。」

と言われました。

 

不思議なもので、夫がいうなら、とすんなり病院を探し始める自分がいました。

淡い期待を持って、また医療機関に頼ることになりそうです。

 

「ボーダー」と呼ばれ、世間的に危険認定されている存在であることを認めるのは嫌です。

絶対に人には言えません。

親にも言えません。

理解してくれる人にしか話しません。

私の場合は夫だけです。

 

「認めないから治んないんだよ。専門家の言うこと聞いて、ちゃんと治療したら良くなると思うよ。」

そんな夫の言葉に背中を押されました。

 

不安で恥ずかしいです。

子供の情緒を育ててあげなければいけない時期に、親である自分が、自分の性格を改善しないといけなくなっている状況が、本当に腹立たしく情けないです。

 

だけど、私はただ幸せになりたくて、

楽しいことを心から楽しめて、好きなことを好きなようにできて、

小さなことは気にせず、人のことも気にせず、おおらかな心でいたいだけなのです。

 

こうなってほしいと思う子供の将来像は、

自分がこうなりたいという人間像と同じです。

 

ただ、普通になりたいだけ。

がんばれば、もっと普通に生きられるようになるのかな。